《志》~信念~
~熱い未来、夢を共に~
漢荒谷龍人はプロボクサーとして僕は世界チャンピオン、
同志の方々と共に協力し、共に成長し、共に同じ喜びと感動、そして熱いドラマを作っていきたい所存です。
18歳で、男として強くなる為、大切な人、大切な仲間、大切な仲間を守るためにボクシングを始めました。
そして20歳の頃、人生が大きく変わる大きな出来事が起きました。
交通事故です…。
死んでもおかしくない、
命があることに感謝しなさいと、
そういわれるような大事故にあいました。
しかし、事故での損傷大きく、一生歩くこともままならない、
歩けても足がびっこを引くかもしれないと、
もうボクシングはできないと宣告されました。
体を動かすことが生き甲斐で、そこに信じれる自分というものがあったので、
たった一瞬でその全てを失ないました。
本当に目の前が真っ白になり絶望に落ちました…。
『なぜ俺がこんな目に合わなければならないんだ』と、
暗い病室のベッドの上で自分の人生を恨み涙しました。
しかしあることに気づいたのです。
死んでもおかしくなかった大事故で、生きることが出来た。
《死ぬ命》と、《生きる命》。
二つある選択肢の中で、
天は《生きる命》を与えてくれた。
○それはなぜだったのか?
この世に何かを残すために、生かされた。
○何を残すため?
この事故を経験し、
この不可能を突きつけられた今を、
試練を乗り越え、
不可能を可能にし、
この世に不可能はないと、
己の生きざま、生きた道で示す。
その背中で、この世に影響力のある男になるのだと。
だから死んでもおかしくなかった事故で生き残れた。
そんな奇跡をいただいたのにこのまま歩けないと、自分の人生を恨んで一生が終わるわけがない。
人生すべてにおいて起こる出来事に意味のないことなんてない。
生かされた命で、
この世でことを成し遂げ、
世の中を変え、
人の人生を幸せに笑顔に、
そんな影響力を感じてもらうために、この命を与えられたのだと、
自分が与えられたこの命を使って、この世に何を残すか、
その使命に気づけました。
そうなったらもう怖いもの何てなにもない。
悲しいことも、絶望感も、何もない。
生きる命をもらった時点で、
この事故の試練で腐るのではなく、
これを乗り越えて世の中に影響力を与えていくのだと確信になったときに、
これを乗り越えられないわけないと、ワクワクしてきました。
俺はやれると、暗い病室のベッドの上で、荒谷龍人の新たな人生が幕を開けました。
漢荒谷が産声をあげたのです。
人は大きな事を成し遂げるとき、絶体絶命の危機に直面し、大きな不可能突きつけられ、目の前に道はないと、絶望の縁に追い込まれたときに、初めて覚醒する。
それが大業を成す合図、覚醒、生まれ変わる時である。
更にその中で大切な事に気付けたのです。
人の優しさ、思いやり、
そして支えてくれ、応援してくれる熱き方々の存在です。
時には落ち込み、辛いとき、苦しいとき、
そんなときに、縁のごとく、
言葉、出会い、支え、沢山の方が荒谷の復活を信じ、応援してくれました。
そしてそんな熱き方々と共にその全てを乗り越え今があります。
プロボクサーにはなれないと、
歩くこともままならないと言われた僕がプロボクサーとなりました。
僕の中では確信ではありましたが、お医者さんには奇跡と言われました。
奇跡は起きたのです。
これからもそんな熱き支えてくれ、応援してくれる方々と共に
不可能を突きつけられた僕が、
己の人生をかけて、
この世に不可能はないと、
未来の日本の為、未来の子供達の為、
支えたくださった方々へ恩返しの為、
そして後世に、
昔この日本に不可能を可能にし続け、
夢を叶え、
伝説になった日本男児と同志達がいると、
これからやって来る困難を全て乗り越え、
その存在で夢や希望や勇気や元気を与えられるような漢になります。
この命が没した後も、志は不死となり、その背中、生き様、思想、言葉が、
この世の中の1000年先の後世まで残り、
人に影響力を感じてもらえる漢(おとこ)を目指し日々修行をしています。
日本の先人から引き継がれてきた日本の魂や志を絶やすことなく、
次に引き継ぐため、
熱く熱く情熱的に、
武士道精神のもと誠の漢、侍に、この日本に尽力を尽くしていこうと燃えている所存です。
吉田松陰先生の言葉で、
たった一人の本気の志が人の心を動かす。
その志、熱さは人に伝わり、
そして同じ志をもった同志を引き寄せる。
そして天までも味方になってくれる。
百人、千人、万人の同志を得る。
こうなったら世の中を変えることが難しいものだろうか。
同志と出会い、共に日本の1000年まで先に残る仕事を成し遂げて行く次第です。